アルバイト

Oとは生涯、2回だけ一緒にアルバイトをしたことがある。

1回目は、お互い進学の夢破れ、卒業式を終えてくすぶっていた時、知人から紹介され廃品回収業者の整理のアルバイトをした。これがお互い人生初めてのアルバイトである。
仕事の内容は、集めてきた古新聞・古雑誌を梱包し積み上げていくものだった。風通しの良くない倉庫の中で新聞雑誌を紐でくくり、それをヨイショとうず高く重ねていくので、かなりの力仕事だった。3月の青森はまだ寒かったが、一日倉庫の中で働くと汗がびっしょりだった。1日目は一生懸命働いたが、翌日は体のあちこちが痛み、とうとう2日目で私はダウンしてしまった。しかし、Oはケロッとして手を抜くこともなく働き詰めだった。結局私の方からOに止めようと言い出し、2日間のアルバイトで終わってしまった。たった2日間だったので当時で数千円のアルバイト料だったが、後でOに聞いたことだが、初めて自分で稼いだアルバイト料でお母さんに何か買ってプレゼントしたそうだ。お母さんは大変喜んでいたとにっこり笑って話していたことを思い出す。Oの親思いの性格が滲み出ていて感心したものだ。

2回目はOが大学1年の夏休みに上京し、我の部屋に転がりこんで来た時だった。ぶらぶらしていてもしょうがないということで、高田馬場駅近くの神田川沿いにある小さな町工場でアルバイトをした。ここは電気スタンドの傘の部分を組み立てるという仕事だった。仕事の内容は傘の骨の部分を溶接し、その上から布を張り付けていくという単純作業だった。これを朝8時から夕方5時ごろまで黙々と働いた。従業員は4~5人の小さな工場だったが、見えないところで息を抜く私と違い、手を抜かずに働き続けるOは社長や社員に好印象を持たれていた。結局20日ほどアルバイトをしたが、最終日にはOに社長からもう少し働いてくれないかと打診があった。しかし、新潟の大学生であるということであきらめてもらったものだ。
このことを見ても、どんなことにも手を抜かず一生懸命にやり遂げるという性格がにじみ出ているのが判り、その後の産婦人科医での仕事にも表れているのだ。
                                2018・6・9

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by hkatsu59 | 2018-07-01 13:00 | 亡友想記 | Comments(0)  

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