つぶやき

Oとは高校時代に色んなことで議論をしたり、たわいもない話に夢中になり我を戦わせたりとか、血気盛んな時を共有してきた。
そんな中で頭の片隅に残っている言葉がある。

ある時、文学論を言い合っている内に芥川龍之介や太宰治の自殺論から死ということに話がいった。文壇を極めた作家が理由はともかく自ら死を選んだということは、これもその作家の芸術であるという美学論から出発し、あれこれ言い合って最後にはやはり自ら生を断つという行為は自己逃避だという結論に達した。゛せっかくこの世に生をもらったのだから、どんな形であれ最後まで全うすべきであり、自ら放棄すべきではない゛”というのがOの結論だった(はずである。その後のOにどういう変化があったのかはわかる由もないが)。

Oの学力からすると、私立の医大であればもっと早くに合格できたはずである。しかし、当時は私立医大は莫大な学費がかかり、金持ちか医者の子供でなければ行けないというのが世評であった。そんなある時ふとOが漏らした言葉がある。゛母親が医者になることを熱望しているので医学部を目指すが、金のかからない国立を目指すしかない”とポツリと漏らした。しかし、ここでOが頭を抱えたのが受験科目であった。当時の国立の受験科目は、英語・数学・国語・理科・社会で7~8教科があった。Oは国語は絶対自信があり、英語はまあまあで数学はちょっと弱かった。そして一番の得点源は理科のなかで生物であった。ところが理科の選択科目は化学・物理がほとんどで生物は意外と少ない。又、社会の歴史は得意だったが地理は大が付くほど嫌いだった。こういうことで受験科目に最も合致したのが新潟大学だった。これを目指し、ちょっと回り道をしたが見事新潟大学医学部の門をたたいたのである。

二浪の頃、東京の国立でお世話になった家のご主人が事あるごとに、自分は英語に自信があり、英字新聞が読めるということを自慢していたという。耳にタコができるほど聞かされたので、゛ナニクソ!!そっちが英字新聞ならこっちは英会話をやってみせる”と振るい立ち、英単語の辞書を全部暗記する行為に出た。無謀というしかないが、本人曰く最後までやりとげたという。意地っ張りな面でもある。
                               2018・6・27

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by hkatsu59 | 2018-07-01 09:00 | 亡友想記 | Comments(0)  

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