最後に

Oの四十九日が7月1日に行われたと聞いています。これでOも我々の知らない仏の世界に入られたということになります。
今までOについて思いつくままに書いてきましたが、この他にも語りつくせない思い出は枚挙にいとまはありません。
しかしながら、Oとの絆を手繰り寄せてみると、中学・高校・浪人・大学時代と顔を突き合わせていた青き時代に凝縮されている思いがします。いわゆる、私にとっては゛ヒコちゃん”なのです。
医師になり、八戸で開業し名声を得たO先生や医師卒業後のMミュージアムのO館長は我々とは少し違った立場にありました。しかし、竹馬の友には変わりはなく、顔を合わせると゛おーッ‼”と片手をあげたしぐさと笑顔や酒を酌み交わし昔話をしている時のこぼれんばかりの破顔は、私の知っている゛ヒコちゃん”そのものでした。最近は会う機会がめっきり減っていましたが、それでも会った時は邂逅に浸り時の経つのも忘れるくらい昔話に花を咲かせたものでした。
しかし、Oがこの世から消えてしまったという現実は、しばらくは私の中で信じられない思いで一杯でした。盟友を失った寂しさに打ちひしがれる日々が続きました。今にも゛おーッ‼”笑いながら目の前にひょっこり顔を表しそうな気がしています。しかし、四十九日が過ぎた今は現実として受け止めようと思うようになりました。近いうち、いずれ私も黄泉の世界に足を踏み入れる時が来ると思うので、その時は又そちらで杯を酌み交わしながら思い出話を飽きることなく続けましょう。私はまだこちらでやりたいことが少し残っているので、今しばらくは待っていてください。
我が友゛ヒコちゃん”・・・合掌!!
                               2018・7・10
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数少ないOとのツーショット写真
1963・8・5十和田湖へ遊びに行った時
この時のOの笑顔が気に入っている

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by hkatsu59 | 2018-07-01 07:00 | 亡友想記 | Comments(0)  

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